医療情報学という分野は、「医学・医療」と「工学・情報学」分野を橋渡ししつつ、医学・医療の発展に貢献する実践的学問分野であると考えられる。「考えられる」としたのは、それが対象とする領域が非常に広いため、それぞれの属している立場で様々な意見があるためである。

当教室の主任である私は、医師として社会に出たときから25年間放射線診断を通じて医療に携わってきた。また大学時代の趣味が高じて医用画像システムの管理者の一人になっていたことがきっかけで、直近10年間ほどいわゆる「医療情報学」の分野で研鑽を積んできた。この分野ではまだまだ駆け出しの私ではあるが、今現在この分野の必要性を強く肌身で感じている者として、改めて「医療情報学」について考えたい。一つの例を挙げよう。

人工知能(AI、Artificial Intelligence)全盛期の昨今では、ビッグデータを中心とした情報活用が盛んに叫ばれるようになっている。医療の世界でも例外ではなく、AIが診療における診断の一端を担う研究報告が出てきたり、画像診断領域では人間の認知能力を超えるAIが現れたりしており、かなり近い将来これらのツールを医療技術の一部として当たり前に利用する時代が来るものと私は確信している。

一方で、このような技術を医療現場で利用するためには、正確で、できれば大量のデータが収集され、それをもとにAI等に教え込ませ正しく育てていくことが必要である。しかし同じ病気であっても個々人の病気の状態や体力、治療に対する反応などは多種多様であり、AI等が活躍するために必要ないわゆる「きれいなビッグデータ」を得ることはなかなか困難であることも事実である。その理由を考えてみる。

医療における病院情報システムと課題

これらの多種多様なデータを収集するシステムとして、医療現場ではいわゆる広義の「電子カルテ」が利用されている。以前は紙の伝票を使って検査の指示や会計情報をやり取りし、医療従事者が行った医療行為は紙カルテに記録していたが、まず会計情報を電子化し効率的に診療報酬を得る仕組みが発展した。その後検査指示、結果や実績情報を電子化し院内のネットワーク上でやり取りできるオーダーエントリシステムが開発された。

さらに医師や看護師などの医療スタッフが行った医療行為の記録を行ういわゆる狭義の「電子カルテシステム」が開発され、これが集合した現在の広義の電子カルテの原型が出来上がった。さらに時代が進むと医療の発展、細分化に伴って、例えばある疾患に特化した部門独自のシステムが開発されるようになり、それらが独自に高度化していった。

全診療科を抱える総合病院では、これらのシステム群は100に近い数となり、これが連携する形で現在の病院情報システム(広義の「電子カルテシステム」)が発展していった。医療現場の全領域で電子化にめどが立ったが、それぞれの領域で独自にシステムが開発され高度化していったために、それぞれのシステム内に独自の形でデータが保持される状況が発生した。

このため医療で必要な情報をあらゆる場面で効率的に利活用するためには、システム同士を連携するインターフェイスの開発がそれぞれ必要になるが臨床現場が望むほどは十分には行われていない。このことが医療現場からビッグデータを得にくい一つの理由である。

医療情報分野の人材育成の必要性

つまり医療現場から見るとシステムの部分最適化はできてきたのだが、それらの全体最適化が適切に行われているとはいいがたい状況である。効率的にデータを収集し利活用できる環境構築をするには、医療現場のワークフローなどを熟知し、医療に貢献できるシステム設計、構築が可能となる人材が必要となる。現代においては、これらの人材が全病院に配置されているとはいいがたく、配置されていたとしても人数が少なく孤軍奮闘しているような病院がほとんどである。

これが電子化された情報を十分に利活用できていない一因でもある。一般的にはシステムを構築するとこれを運営、管理する人員(人材)も必要となる。医療情報学分野では、医療現場を理解し、これに貢献できるシステム設計、導入、運営管理ができ、医学・医療に貢献することのできる人材を育成していくことも重要な役割である。